【印鑑カード編】法務局目線の商業登記こぼれ話

法務局が大変混んでいますね…
それにもかかわらず、商業登記に関して言えば、5月25日から「企業価値担保権」の登記といった新しい業務も加わり、登記現場はなかなか厳しい状況かと思われます。

いくら新しい業務が増えて増員査定がされても、国家公務員の定員合理化計画により、増員数より減員数が上回るため、「職員は増えない(むしろ減る)のに仕事は増える」という構造的原因を抱えながら、加えて「2,3年間でのジョブローテーションが行われエキスパートが育たない」などといった理由も、登記の処理が遅延している一因であるように思われます。

このような状況ですが、「元法務局職員の司法書士」として少しでも登記現場の負担を軽減できるように、との願いを込めて、今回からは参考までに経験談を書きつづっていきたいと思います。

まず、初回は「印鑑カード」についてのお話です。

印鑑カードを「引き継ぐ」、「引き継がない」の☑を忘れずに!

 《印鑑届書記載例》※法務局HPより

会社の代表者が法務局に印鑑(いわゆる会社実印)を届け出る場合、上記のような「印鑑(改印)届書」というものを提出しますが、今回のお話の結論はいたって単純です。

結論
印鑑届書の「印鑑カードは引き継がない。」または「印鑑カードを引き継ぐ。」のチェック欄(記載例の四角で囲んだ部分)に忘れずにチェックを入れましょう!

このチェックを忘れた場合、どのような流れになるのか参考に見ていきましょう。

事例としては「代表取締役をAからBに変更する登記申請の際に、新代表取締役Bについて印鑑届書を提出していた場合(印鑑カードを「引き継ぐ」にチェックを入れたつもりだったが、なにもチェックをしていなかった)」を想定してみます。

① 登記完了後、新代表取締役Bは印鑑証明書が必要になり、引き継いだつもりの印鑑カードを持参します。
② 印鑑届書にはなにもチェックがないので、当然、印鑑カードの引継処理は行われておらず、窓口ではBに対し、改めて印鑑カードの発行が必要になる旨の説明をします。
③ Bは、引き継いだつもりなので、職員に対し、申請の際に提出した印鑑届書の確認を求めることが多いでしょう。
④ 当時提出した印鑑届書は、厳密には申請書の添付書類ではないため、申請書とは別に保管されており、探すのに時間がかかってしまうことが多く、Bを窓口で長時間お待たせしてしまいます。
⑤ 確認の結果、「引き継ぐ」にチェックがないので、新たに印鑑カード交付申請を行っていただくことになりますが、Bが会社実印を持参していなければ、当日に印鑑カードを交付できないという事態も想定されます。

窓口では、このような状況になることが想定されるため、登記申請の際に提出された印鑑届書に印鑑カードを引き継ぐかどうかのチェックがなければ、申請書類の審査担当者は、事前に電話確認をすることが多いと考えられます。

しかし、電話での確認がすぐにとれればいいですが、何度電話しても繋がらない、といったことがあります。
そうすると……

他の書類には訂正すべきところがないのに、印鑑カードのチェック漏れを電話確認するためだけに処理が遅滞するという状況が発生

こういった状況を避けるために、印鑑カードの引継の有無に関するチェックは必ず入れましょう!という結論になります。

印鑑カードを引き継げる場合、引き継げない場合

会社を新規に設立するような場合は、引き継ぐ印鑑カードがないので当然チェックがなくてもかまいません。そこで、やみくもにチェックを入れても仕方ないのでは?と考える方もいらっしゃると思いますので、、印鑑カードを「引き継げる場合」と「引き継げない場合」について具体的な例を見ていきましょう。

印鑑カードを「引き継げる」ケース

① 代表者が交代する場合

このように代表者が甲野太郎さんから乙川次郎さんに代わり、新代表者の乙川次郎さんが登記申請の際に印鑑届書を提出する場合が典型例です。

② 今までの代表者と同一人ではあるが、代表者として登記する「資格」が異なる場合

会社が解散し、今までの代表取締役が代表清算人に就任するようなケースです。今までと同じ甲野太郎さんが代表清算人に就任していますが、代表者として登記する資格が「代表取締役⇒代表清算人」に代わっていますので、①の代表者交代と同じように考えます。

③ 代表者を追加する登記を申請し、印鑑を届け出る代表者を変更する場合

既に就任済みの代表者甲野太郎さんが法務局に印鑑を届け出ていましたが、新たに乙川次郎さんが就任するケースで、乙川次郎さんが甲野太郎さんが届け出ていたものと同じ印鑑を使用する場合です。

このケースも印鑑カードを引き継ぐことが可能なのですが、一点注意事項があります。

代表者が2名以上いる場合、印鑑届出をそれぞれの代表者が行うことは可能であるが、同時に同じ印鑑を届け出る状態は不可

ということになりますので、乙川次郎さんの就任登記申請には①乙川次郎さんの印鑑届書と②甲野太郎さんの「印鑑廃止届書」の提出が同時に必要となります。この届出を同時に行うことにより、乙川次郎さんは印鑑カードを引き継ぐことが可能となります。

 《印鑑廃止届書の記載例》※法務局HPより

ここで、印鑑カードに関する規定を確認しておきましょう。

●商業登記規則
(印鑑カードの交付の請求等)
第九条の四 印鑑の提出をした者は、その印鑑を明らかにした上、被証明事項のほか、氏名、住所、年月日及び登記所の表示を記載した書面を提出して、印鑑カードの交付を請求することができる。第九条第二項の規定は、この場合に準用する。
2 略
3 印鑑の提出をした者がその資格を喪失し、又は印鑑の廃止をした場合においては、その者に替わつて新たに印鑑を提出する者は、印鑑の提出と同時に申し出ることにより、資格を喪失し、又は印鑑の廃止をした者の印鑑カードを承継して使用することができる

上記①及び②は、従前の印鑑提出者が「その資格を喪失」に該当し、③は従前の印鑑提出者が「印鑑の廃止」をした場合に該当することになります。
そして、この規定からも明らかなように印鑑カードを引き継いで使用するためには、「印鑑の提出」(=印鑑届書の提出)と「同時に」申し出る(=印鑑届書の引継ぎ欄にチェックを入れる)ことが必要になります。
つまり、代表者が資格を喪失する登記や印鑑の廃止を印鑑の提出とは別に先行して完了させてしまい、後日、印鑑を提出するといったケースでは、この「同時に」申し出るという要件を満たさないので、印鑑カードを引き継ぐことはできないということになります(今までの印鑑カードは廃止されてしまうため)。

印鑑カードを「引き継げない」ケース

上記の規定から印鑑を提出していた代表者の「資格の喪失」及び「印鑑の廃止」に該当しないケースにおいては、印鑑カードを引き継ぐことができません。

典型的に引継ぎができないケースとしては、

会社名の変更伴い印鑑を変更改印する場合
  代表者に変更はありませんので、印鑑カードは今までのものをそのまま使用することになります。

今までの登記記録が閉鎖され、新しい登記記録が作られる場合
 ⅰ)組織変更(ex.合同会社⇒株式会社)・種類変更(ex.合名会社⇒合同会社)による設立登記、有限会社から株式会社への商号変更による設立登記
  ⇒ 今までの登記記録は閉鎖されて、設立登記により新しい登記記録が作成されますので、登記完了後改めて印鑑カード交付申請が必要になります。

 ⅱ) 会社の住所を管轄の異なる法務局へ移転する場合
  ⇒ 旧管轄法務局の登記記録は閉鎖され、新管轄法務局で新しい登記記録が作成されます。印鑑カードは管轄法務局ごとに発行していますので、新住所を管轄する法務局で別途印鑑カードの発行手続が必要となります。

特に①のケースで印鑑カードを「引き継がない」にチェックを入れて届出を行おうとする方がいらっしゃいますが、引き継がないという選択肢はありませんので、ご注意ください。

この他に注意が必要なケースとしては、

【番外編】
代表取締役「会長」、代表取締役「社長」といったような形で、登記事項証明書には現れない資格ごとに印鑑と印鑑カードを管理したい場合

※大前提として「会長・社長」といった役職名は登記事項ではありません。


今回のケースでは、「代表取締役会長印」と「代表取締役社長印」を別々に作って、甲野太郎さんと乙川次郎さんがそれぞれ印鑑届書を提出することにします。
では、印鑑カードはどのようになるでしょうか?

ⅰ)甲野太郎さんの印鑑を社長印から会長印に「改印」、乙川次郎さんは社長印を届け出る場合
  ・この場合「改印」なので、甲野太郎さんの印鑑カードには変更がありません。
  ・乙川次郎さんについては、登記完了後、別途印鑑カード交付申請が必要になります。
 ⇒ あくまで代表者ごとに印鑑カードを管理することになります。

ⅱ) 印鑑カードと会長印・社長印を紐付けたい場合
  ・甲野太郎さんについては、届出済みの社長印の印鑑廃止届書」の提出と、新たに会長印の印鑑届書の提出が必要になります(会長印の印鑑カードは、登記完了後に別途交付申請を行う)。
  ・乙川次郎さんが新たに提出する社長印の印鑑届書にある印鑑カード引継ぎ欄にチェックをすることで甲野太郎さんが使用していた印鑑カードを引き継ぐことが可能に。
 ⇒ この場合は、今までの印鑑カードは「社長印」のカードとして、新たに発行するカードは「会長印」のカードとして管理することが可能となります。

このように、印鑑カードは基本的に登録する印鑑ごとではなく、あくまで代表者ごとに紐付いて管理されていますので、届出の仕方に注意が必要な場合があります。

カードを「引き継ぐ」場合、前任者のカード番号と氏名の記載は必要?

最後に、印鑑届書の印鑑カードを「引き継ぐ」としてチェックした場合、その下にある「カード番号と前任者名」の記載は必ず必要でしょうか?
この点については、最低限「引き継ぐ」にチェックしてあれば、現在使用可能な前任者のカードを引き継ぐ処理をしますので、補正として法務局窓口に行って追加記載するという状況にはならないと思われます。

しかし、たまにあるが……

前任者のカードとして手元にあるものが、過去に紛失した等といった理由で、記録の上では既に廃止済みのカード別のカードが再発行されていることがある。

せっかく印鑑カードを引き継ぐ処理をしても、手元には廃止済みの古いカードしかなければ、当然使えませんので、「印鑑カードの廃止と交付」の手続を改めて行う必要が生じてしまいます。
この場合、もし前任者の名前と廃止済みのカード番号が印鑑届書に書かれていれば、法務局から審査の段階で確認の電話があったと思いますので、このような事態は避けられたと考えられます。

ですから、印鑑カードを引き継ぐ場合、可能な限り「前任者の印鑑カード番号と氏名は記載する」ことをオススメします。

このような「小さな確認」の積み重ねも、登記現場の処理の遅滞を招いている一因であると考えられますので、私も日々気をつけながら申請手続を行いたいです。
今後も何か思い出したことがあれば、このような「こぼれ話」として書いていきます。

(次回は【株主リスト編】を予定)